緩和ケアの臨床と公衆衛生の研究に打ち込む

緩和ケアの臨床と研究の両立
今回は飯塚病院の連携医療・緩和ケア科の大屋清文先生にお越しいただき、インタビューをさせていただきました。大屋先生は、緩和ケア医としての仕事をこなす一方で、John’s Hopkins大学の公衆衛生大学院のオンライン留学生として研究活動にも勤しんでいます。臨床と研究の両方をこなす大屋先生に、それぞれの魅力や自身にまつわるエピソードをお聞きしました。
 
【大屋清文先生:飯塚病院 連携医療・緩和ケア科】
 

実は、受験の時は研究者になりたかった

なぜ医師になろうと思ったのでしょうか?

実は、受験の時は、医師になろうと思っていたよりも、研究者になりたかったという思いでした。
東京大学の理科二類と併願して、慶應の医学部も受けて。
それで、慶應の方が受かっていて、慶應に進んだという感じですね。

どのような学生時代を過ごしていたのでしょうか?

やはり、研究に興味があったので、研究室に入っていました。始めは基礎研究に行こうと考えていたので、薬理学の研究室にお世話になりました。
当時の薬理学の先生がとてもエネルギッシュな方で、その先生のもとで研究を学びたいと思っていたのもあり、その研究室を選びました。ただ、どうにも不器用で(笑)。
マイクロピペットなどがうまく扱えなくて。だから、将来研究をするなら基礎じゃなくて臨床研究にしようと学生時代に決めました(笑)。

John’s Hopkins大学教授のGilbert Burnham先生に影響を受けた

では今はどのように研究に携わっているのでしょうか。

今はJohn’s Hopkins大学の公衆衛生大学院にオンライン留学生として通っています。実はすごい学費が高いんですけどね…。
公衆衛生学をやろうと思ったのには2つ理由があります。

1つは、臨床研究をしていくなら、疫学をはじめとする幅広い知識やスキルが非常に重要だと感じていて、臨床研究をやるならは公衆衛生を学ぼうと学生時代に決めていたからです。
もう1つはJohn’s Hopkins大学の教授の、Gilbert Burnham先生という先生に影響を受けたことです。
Gilbert Burnham先生はイラク戦争においての犠牲者数の調査を行った人です。アメリカ政府は当初、犠牲者数は10万人程度と発表していたのですが、この方の調査により、難民や衛生問題などの二次的、三次的なものを含めると、犠牲者数は実に約60万人にも上るということが明らかになりました。(Burnham G et al.,Lancet. 2006;368(9545):1421-1428.)。

これがアメリカで国民的な議論になったという話を伺い、「あ~、自分もこういう研究がやりたいな~!」と思ったんです。
私自身も社会を変えるような、今苦しんでる人にスポットが当たるような研究ができたらなと思っています。

研究をしていてよかったと思うことはありますか?

実は、この前の夏に、アジアの学会で出したポスターが優秀演題賞をいただきました。
といっても、優秀演題賞をとったのが良かったというわけではないんです。
その演題というのが、「死亡直前期の患者の入浴について」というものだったんです。

要は、今日、明日亡くなってもおかしくないような人をお風呂に入れても大丈夫かということですね。
僕の研究結果としては、どちらでも生命予後は変わらないという結果でした。
その後、このことがfacebookを通して拡散されたんです。

そしたら、全然あったこともない看護師さんからメッセージが来て、「本当に入浴させても大丈夫なのか、すごく迷っているケースがある」と聞かれました。
自分の研究結果としては、予後には関わらないということを伝えると、このことで悩んでいる看護師さんが大勢いることを知らされました。
このとき、自分の研究が誰かの役に立った実感がすごく沸いたのが、ここ最近で一番嬉しい出来事ですね。

どんな分野で研究の成果を上げたいですか?

自分は、超高齢化社会を迎える日本をどう持続可能な社会にしていけばいいかという壮大な課題に対してヘルスケアの領域から貢献することや、世界のHealth inequity(医療や健康の不平等さ)に興味があります。
日本が直面している前者の問題はもちろん重大な問題ですが、それとは別に世界という視点で見ると、後者のHealth inequityはやはりとっても大きな問題かなと。

Health inequityは、直訳で健康の不平等、つまり健康格差のことです。
肌の色、人種、発展途上国と先進国、色んなレイヤーでのHealth inequityが現在問題となっています。
現在は、この二つの課題の解決に貢献できる人材になりたいと考えています。


病気だけでなく、その患者さん自身、そして患者さんの人生に携われる

どうして緩和ケア医になろうと思ったのですか?

そうですね、まず自分の中では、臓器ごとの診療ではなく、臓器横断的に診たいという気持ちが強かったということがまず一つあります。
また、研修医のときは携わる患者さんの数が多く、とても忙しい割には、目の前の患者さんは次々と入院して、退院して、また新しい患者さんが来て…と繰り返すばかりで、自分はただ流れるように仕事をこなすだけのように感じていました。
自分がやりたいことは本当にこういうことなんだろうか…と悩んでいました。

そんな時、ローテーションで緩和ケア科を回りました。
緩和ケア科では今までと違って、患者さんと手を取り合い、そして、看取っていく中で、病気だけでなく、その患者さん自身、そして患者さんの人生に携われると感じて、それが自分の中でとてもしっくり来たのです。

緩和ケア医の仕事について考えていることを聞かせてください。

緩和ケア医は、あくまで支援者としての立場で仕事をこなします。
馬を水の飲み場には連れていけるが、水を飲ませてやることはできないというような言葉がありますが、それに近いです。
やはり、主役は患者さんと、そのご家族の方々です。

緩和ケアに携わる医療従事者は、変な言い方をすると、「ドライ」なのかもしれませんね。
あまり入り込みすぎると、メンタル的に辛すぎて、医師としての仕事に支障をきたすこともあります。
特に、一番患者さんに近いところで仕事をする看護師さんたちは、悩んでしまう方も多いです。

緩和ケア科では「デスカンファレンス」というディスカッションを行っていてます。
これは、亡くなった患者さんに提供した緩和ケアを振り返り、より良いケアを目指すものです。

しかし、デスカンファレンスにはもう一つの側面があり、それは医療従事者同士でケアし合うことです。
人の死に日々接する仕事ですから、自分たち自身でケアし合うことがとても大切なんです。
ですから、緩和ケア科ではとくにチーム医療が大切です。

緩和ケア医の仕事で良いなと感じることを教えてください。

緩和ケア医として仕事をしていると、患者さんとそのご家族の方々と、手を取り合って診療できることを実感することが多いです。
病気だけでなく、「人」と関われるのが緩和ケアの面白いところですね。
研究の質問で、誰かの役に立つことが嬉しいと言いましたが、緩和ケア医として働いているときも、患者さんの幸せがあり、それを私たちが多少なりとも支えられているんだなと思えるときは、充実感を感じますね。

当たり前の日々を当たり前に過ごせる幸せを支えたいんです。
トイレに行けない人だっていますからね。
だから、患者さんとの雑談がすごく多いです。
それが患者さんのためになりますし、その中からケアのヒントを得られることだってあります。

逆に、辛いなと思うことはありますか?

そうですね、まず、実は緩和ケアの患者さんのなかで、辛い辛いといって亡くなられる方は実はそんなに多くないんです。
やりのこしたことができてよかったと言って、自分の人生に折り合いをつけて亡くなられる方だったり、色々な方に感謝をしながら亡くなられる方もいます。
緩和ケアの患者さんは亡くなってはしまうことが多いですが、必ずしも死の現場がそんなに悲しいとは限らないです。

しかし、昔ですが、やはり病室に行くたびに「死にたい」とおっしゃる患者さんがいらっしゃいました。
私はその患者さんと関わっていくうちに、病室に行くのがつらくなってきてしまいました。
行かなきゃいけないという気持ちと、行きたくないという気持ちがありましたが、情けない医者だと思われたくなくて、だれにも相談できずに頑張っていました。

そして、その患者さんのデスカンファレンスで、やっと、その患者さんの病室に行くのがつらかったと打ち明けると、「どうしてそれを早く言ってくれなかったの」と心配していただきました。
怒られると思ってたんですけどね。
その時、「あ~、一人で抱え込まなくていいんだ」と気づき、だいぶ楽になったことがあります。
ですから、やはり、チームで支え合うことがとても大事ですね。

それを踏まえて、緩和ケア医として働いてきて、印象に残っている患者さんの言葉などはありますか?

以前診ていた患者さんで、亡くなるまでもう数週間だろうと言われていた患者さんがいました。
その患者さんは、残された生命予後がどれくらいなのか明確に知りたいとおっしゃっていた方でした。

通常は予後数週間以内になった時は、よほど強い意志が本人にない限りは予後を伝えることはないことも多いのですが、本人がそれを明確な理由を持って望んでいたので、ご家族の方もいる中で、「もう残された時間は数週間しかないだろう」と伝えました。
それを聞くと、最初にご家族の方の方から、こらえきれなくなって涙を流していました。
「親父…ッ!」といった感じで。

その後に本人がおっしゃっていた「今まで、ありがとう。」の言葉、あれはもう今思い出しても涙が出ますね。
本当に、しぼりだすような声で、「命そのもの」からの言葉というか…胸を打たれました。


「自分と対話すること」で生涯のミッションを見つける。

オンライン留学をはじめ、特徴的な経歴に見えますが、悩みなどはなかったですか?

そんな珍しいのかな?(笑)でも、自分自身ではもちろん完璧な人生を送ってきてるわけじゃないけど生涯のミッションのようなものが最近ようやく腑に落ちてきて、すごい時間がかかったなと思います。

先生にとって生涯のミッションとは?

「臨床研究を通して、全人類の健康と福祉の増進に揺るぎない貢献をすること」です。
以前、何かの記事で、一人の医師が生涯に診れる患者さんの数は3万人くらいだというのを目にしました。

僕はこれを見て、個人的には少ないな、と感じました。
もちろん、目の前の患者さんを救うことは非常に重要だし、素晴らしいことだとはわかっています。

けど、公衆衛生の研究でもっと多くの人を救ったり、地球の裏側に住んでいる人を救ったり、更には未来に生きている人も救ったり、といったことができるならとても素敵なことだと思いませんか?
研究はロマンがあると思ってます。

どうして、そのミッションが自身の中で腑に落ちたのでしょうか?

さぁ、どうでしょうか…。一つ言えるのは、自分と対話することがとても大切だということです。
大体逃げがちじゃないですか、こういうのって。
僕も苦手です。というか、得意な人っているんですかね(笑)。

だけど、必要なことだと思います。
あとは、自分でどうありたいかを自分で決められないと、今後の時代を生き残れないという風に考えていて、危機感があったのもあると思います。

自分と対話することに何かコツなどはありますか?

そうですね、僕はジムとかでトレーニングしながら考えることが多いです。一人でいるときですね。
他人と対話してるときに、こういう話をすることはあまりないですね。
気を使っちゃって本音が見えなくなっちゃうので。
自分と対話しているときは嘘がつけません。

あとは、緩和ケア科の部長の先生がとても素敵な方で、ロールモデルとして近くでともに仕事をさせてもらっていることは大きいですね。
あとは、本や記事で見かけた言葉がきっかけになることも多いです。

研修医を含め、今後のキャリアに悩む医師や医学生に向けてメッセージをお願いします。

一言でいえば、やりたいことをやりましょう!

室伏広治選手の「目的と目標を定めて最短の軌道を描け」という言葉がすごく好きです。
例えば、室伏選手にとって、目的は「東日本大震災の被災地に勇気を送ること」で、そのための目標は「メダルをとること」でした。

あとは、現在地からの最短軌道をなるべく解像度高くイメージすることが大事なのだと思っています。
でも、これは自分のキャリアと向き合うことでもあるので、多くの人にとってはつらい作業ですよね。

緩和ケア科に進むときに、「まずは外科に行ってからでないとなぁ」とか「化学療法ができないと駄目でしょ」とか、挙句の果てには「もっと人生経験を積んでからじゃないと」とか言ってくる人がいました。
他人というのはいろんなことを言ってくるものです。
でもそれって、本当の意味で相手のためじゃないこともあるんじゃないかなぁと思っています。
自分を正当化したくて、自分のために言ってる人も実はいるんじゃないでしょうか。

でも、人生は短いんです。本当にやりたいことがあるなら、他人のことを鵜呑みにして、他人の人生を生きている時間なんてないんです。
そもそも、自分がやりたいことを見つけるのだって大変です。見つけられずに自分をごまかして生きている人だっています。

だから、生涯やりたいことを見つけたいなら、少なくとも、今やりたいことに果敢にチャレンジするのが大切なんじゃないでしょうか。
自分の自身のコンパスをもって自分の人生を生きましょう。そのためにも、自分と対話するのは大切ですね。

 

 

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